すべてのホテル経営者が直面する大きな問いがあります――客室の料金をいくらに設定すべきか?
価格を高く設定しすぎれば、宿泊客が離れてしまいます。逆に低すぎれば、利益が出ません。
あらゆる価格設定方法の中で、最もシンプルな手法のひとつが コストベース価格設定(Cost-Based Pricing) です。これはとてもわかりやすいアプローチで、ホテル運営にかかる実際のコストを正確に算出し、そこから料金を決める方法です。
主な利点は、販売されるすべての部屋で損失を出さないことが保証される点です。明確な財務的基盤を提供してくれます。しかし、ホテル業界は動きが速い世界でもあります。競合がどのような料金を設定しているか、どれだけの需要があるか、そして宿泊客がその部屋にどれだけの価値を見出すかも考慮しなければなりません。
それでは、現代においてコストのみに基づく価格設定は十分なのでしょうか?この戦略が何を意味するのか、またホテルがこれをどのように活用し、取り残されないようにするかを詳しく見てみましょう。
コストベース価格設定とは?
コストベース価格設定 とは、サービス提供の総コストに利益率を上乗せして価格を設定する方法です。簡単に言えば、ホテルは清掃費、維持費、従業員給与、予約手数料などすべての費用を計算し、そこにマークアップ(利益分)を加えます。
例えば、1部屋を運営するのにかかるコストが80ドルで、オーナーが25%の利益を得たい場合、料金は100ドルに設定されます。宿泊客が支払い、費用がカバーされ、残った分が利益になるという仕組みです。
ホテル業界では、コストは大きく2種類に分けられます:
- 固定費(Fixed costs):稼働率に関係なく一定の費用。家賃やローン、保険、給与、ライセンス料、光熱費など。
- 変動費(Variable costs):稼働率に応じて変動する費用。ハウスキーピング用品、アメニティ、朝食食材、予約手数料など。
両者を理解することは極めて重要です。これは 損益分岐点価格 ―― つまり営業を維持するために最低限必要な料金 ―― を算出する基盤になります。この計算はあくまで出発点ですが、価格決定の論理的な基礎を与えてくれます。
なぜホテルはコストベース価格設定を使うのか?
動的価格設定(Dynamic Pricing)や競合との戦いについて語られることが多い中で、単純なコストベース価格設定を現代のホテルが採用する理由は何でしょうか?答えは安定性・明確性・安全性です。
- ホテルは主に 価格の下限ライン(ファイナンシャル・フロア) を設定するためにこの手法を使います。安全ネットのようなものです。コストがはっきりしていなければ、毎晩満室でも利益を失う恐れがあります。
- ホテルオーナーの最優先は 長期的な事業継続 です。この戦略は支出に対する規律を強制し、大きな費用だけでなく、古いタオルの交換や予約ソフトウェアの費用といった細かい支出まで見直すよう促します。
- このアプローチは、季節変動が激しくない市場や小規模ホテルにとって非常に役立ちます。複雑な推測を排除し、事業を継続するために確実に機能する「使える数字」を提供してくれます。初期のコスト計算を正確に行うことは、予算、将来計画、手元資金の確保といったすべての基盤となります。
コストベース価格設定の計算式と主要構成
コストベース価格設定を効果的に運用するには、ホテルは総コストを算出した後、マークアップ率を適用する必要があります。基本式は以下のようになります:
具体的には以下のステップです:
- 固定費と変動費を算出する
家賃、給与、光熱費、清掃用品、予約手数料などの定期的な支出を見極めます。例えば、ホテルの月間総コストが90,000ドルで、30室、平均稼働率80%の場合、月間販売された部屋数で総コストを割って部屋単価を求めます。 - 希望する利益率を加える
ホテルは自身の財務目標や市場ポジショニングに基づきマークアップを設定します。低価格帯ホテルでは10〜15%、ブティックや高級ホテルでは25〜40%といった設定が一般的です。 - 市場との整合性を確認する
算出した基準価格を市場平均と比較します。算出価格が競合よりも大幅に高ければ、マークアップ率の調整が必要です。
例:計算例
ある小規模ホテルを想定します:
- 月間固定費:50,000ドル
- 稼働ごとの変動費:1室あたり20ドル
- 平均稼働率:75%
- 月間販売室数:450室(20室 × 30日 × 75%)
総変動費 = 450 × 20ドル = 9,000ドル
月間総コスト = 50,000ドル + 9,000ドル = 59,000ドル
1室あたりコスト = 59,000ドル ÷ 450室 = 約131ドル
20%の利益率を加えると、部屋料金 = 131ドル × 120% = 約157.20ドル
この計算は明確で一貫した価格の基準を提供します。
ホテルにおけるコストベース価格設定の利点と欠点
利点
- 収益性の確保
この方法で設定された料金は運営コストをカバーし、利益を確保します。 - シンプルで透明性が高い
複雑な分析や動的な価格調整システムを必要とせず、経営者やマネージャーにとって理解しやすい。 - 財務計画の支援
予算作成や将来予測がしやすく、コストの変動に応じて利益幅を調整できます。 - 感情的な意思決定の排除
競合の価格に反応するのではなく、内部データに基づいた意思決定が可能です。
欠点
- 宿泊客の受け入れ価格や需要を無視
コストベース価格は、宿泊客が実際に支払いたいと思う価格を反映しません。需要が高い時期には収益機会を逃す可能性があります。 - 市場競争を見落とす
競合他社が低価格を提供している場合、コストベース価格は割高に見え、稼働率を下げることがあります。 - 正確なコスト追跡が必要
経費を誤算したり、OTA手数料や季節メンテナンスのような隠れたコストを見落とすと、価格設定が不正確になります。 - 柔軟性の欠如
市場は常に変動しています。固定マージンでは需要の急変や地域イベント、旅行者行動の変化に対応できません。
以上の理由から、ホテルはしばしばコストベース価格設定を最終的な料金ではなく基準値(ベースライン)として利用することが多いです。他の戦略による調整の基礎として機能します。
コストベース価格設定とその他の価格戦略の比較
現代のホテル業界において、コストベース価格設定が単独で運用されることは稀であり、他の価格モデルと組み合わせて利用されます。
1. 価値ベース価格設定(Value-Based Pricing:VBP)
- コストベース価格設定の焦点:部屋を提供するコスト
- 価値ベース価格設定の焦点:宿泊客にとってその部屋が持つ価値
価値ベース価格設定は外部(顧客側)に目を向けた手法です。例えば、贅沢なスパやプライベートビーチを有する高級リゾートは、運営コストを大きく上回るプレミアム料金を設定できます。高級施設では価値ベース価格設定が収益の潜在力を大きくすることが多いですが、最低料金を算出するには引き続きコストベース計算が必要になります。
2. 競合ベース価格設定(Competitive Pricing:CP)
- コストベース価格設定の焦点:内部の財務データ
- 競合ベース価格設定の焦点:競合ホテルの公表料金
競合ベース価格設定は現地の競合ホテル料金を継続的に監視し、その料金に基づいて自ホテルの価格を設定する戦略です。これは競争力を維持するために重要ですが、コストベースの下限(ファイナンシャル・セーフティライン)を知らずに価格を合わせると大きな損失につながる危険性があります。コストベース価格設定は、価格を財務的安全限界以下に下げないことを保証します。
3. 動的価格設定(Dynamic Pricing:DP)
- コストベース価格設定の焦点:固定費と希望マージン
- 動的価格設定の焦点:リアルタイム需要、先行予約状況、曜日、稼働予測
動的価格設定は現代の収益管理の中核であり、価格をリアルタイムで変動させて最大収益を追求します。これは最も収益性の高い戦略ですが、安定した基準としてコストベース価格設定による下限価格が必要です。システムは閑散期に稼働率を上げるために価格を下げることができますが、部屋単価のコストを下回ることはありません。
結論
最終的に、コストベース価格設定はホテルが持つ非常に実用的なツールのひとつです。特に小規模で独立経営の施設にとっては、利益を完全にコントロールする明確で自信の持てる価格設定方法となります。コストと持続可能な利益に焦点を当てることで、料金設定を行う明確な指針が得られます。
とはいえ、これは万能な解決策ではありません。現代のホテル世界では競合の動き、宿泊客の期待、そして新しいテクノロジーが価格に大きく影響します。コストのみに基づく価格は、需要急増や大規模イベントのような状況に対応することができません。
最も賢い方法は、コストベース価格設定を土台として使い、その上に動的価格設定や競合価格のチェックといった他の戦略を重ねることです。
こうすることで、財務的なコントロール と 収益最大化の機会 の双方を手にすることができます。